天才音楽家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
彼が1791年にわずか35歳で急逝した際、ウィーンの街にささやかれたある疑惑が、200年以上の時を超えてなお人々の関心を集めています。
それが、「アントニオ・サリエリによる毒殺説」です。
モーツァルト毒殺説において、常に加害者として名前が挙がるのが、イタリア出身の作曲家、アントニオ・サリエリ(1750-1825)です。
こちらはモーツァルトの生涯を描いたミロス・フォアマン監督の映画「アマデウス」の一場面です。
英語ですが、字幕で日本語でも見られますよ。
この中で冒頭から登場し皇帝にマーチを献上したのがサリエリです。
彼は当時のウィーン楽壇の頂点に立つ人物であり、神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世の信頼も厚く、ウィーンで最も影響力のある音楽家の一人でした。
モーツァルトとは、公私にわたる競争関係にあったとされています。
特に、オペラの世界ではしばしばライバルとして比較されました。
このビデオの中でも、サリエリが作曲したマーチをモーツァルトがちょっと聞いただけで暗譜し、皇帝の前で即座に弾いて見せただけでなく、即興で縦横無尽に編曲して見せ、サリエリの面目を失わせたシーンが描かれています。
この中でサリエリはモーツァルトの才能に激しく嫉妬します。
これがサリエリがモーツァルトを毒殺した動機ではないか、と言うわけですね。
さらに、モーツァルトの死の数か月前、彼は匿名の人物から「レクイエム(鎮魂歌)」の作曲を依頼されます。
その依頼をもたらした使者と言うのが、灰色の服を着た長身で痩せた見知らぬ人物だったと言うことで、病気で精神状態が悪化していたモーツァルト自身もこの使者のことを「死神の使者」や「死後の世界から来た人」と強く思い込むようになったのです。
この神秘的な依頼は、死に取り憑かれたモーツァルトの精神状態をさらに悪化させたと言われています。
この匿名のレクイエムの依頼こそ、サリエリがモーツァルトを精神的に追い詰めるためにやったことではないか、とも言われているのです。
映画「アマデウス」ではこの辺りをミステリアスに描いていて面白いです。
1984年の作品でかなり古いですが、AmazonやNetflixで見ることができますよ。おススメです。
実際のところはどうだったのかと言うと、サリエリはモーツァルトを毒殺していません。
サリエリがモーツァルトの才能に嫉妬し、ライバル心を持っていたことは事実だと思いますが、だからと言ってライバルを毒殺するような人物ではなかったのです。
むしろ、高潔な人物だったと言ってよいです。
例えば、サリエリはモーツァルトの家族を経済的に支援していました。
モーツァルトは音楽的には天才で大金を稼ぐこともしばしばでしたが、浪費癖とギャンブル好きが災いして経済的にとても困窮していました。
そのような状況でも、サリエリはモーツァルトの残した作品、例えば「レクイエム」や「交響曲第40番ト短調」などを指揮・演奏することで、その作品の価値を認めさせ、世に広めるのに貢献しました。
これは、モーツァルトの妻コンスタンツェが演奏会や楽譜販売から収入を得る上で、大きな助けとなりました。
また、モーツァルトの息子フランツ・クサヴァー・ヴォルフガング・モーツァルトはサリエリから無償で音楽の指導を受け、作曲家・ピアニストとして活躍しました。
単なる仕事上の付き合いを超えた家族ぐるみの付き合いがあった、と言っても過言ではない状況だったのです。
もし本当に毒殺犯であれば、このような行動は不可能です。
サリエリは当時のウィーン音楽界を率いる重鎮であり、ベートーヴェンやシューベルト、リスト、チェルニーなど、多くの著名な音楽家をも無償で指導した優れた教育者でした。
才能に嫉妬して毒殺したと言うなら、才能のあった他の弟子たちは何故生きているのか?という疑問にもつながります。
ちなみに匿名の「レクイエム」の依頼ですが、後世の研究家の調査により、フランツ・フォン・ヴァルゼック=シュトゥパハ伯爵の依頼であったことが明らかになっています。
彼は1791年2月に亡くなった彼の若き妻アンナの追悼ミサのために、レクイエムを必要としていました。
また伯爵は、プロの作曲家に作品を書かせた後、それを自分の作品として発表するという変わった趣味を持っていました。
モーツァルトの作品も、そうして自作と偽って演奏するつもりだったそうです。
愛する妻の鎮魂に盗作のレクイエム使うってどうかと思いますが、その変わった趣味のおかげで映画がよりミステリアスになったことで良しとしましょうか。


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