若い人は知らないだろうな・・・。
世界的に活躍していた指揮者・小澤征爾が若いころにNHK交響楽団と大喧嘩して、定期公演が1回キャンセルになったことがあるんですよ。これが「N響事件」です。
1961年、小澤征爾は当時26歳、海外で頭角を現し始めた若き指揮者でした。
N響は彼を客演指揮者として招聘し、翌1962年に半年間の契約を結びました。
しかし、公演を重ねるうちに、小澤と楽団員の仲が険悪になっていきます。
そして、1962年12月のN響定期演奏会が中止になっなりました。
N響側の言い分:
・小澤征爾は遅刻癖がある(たしかに)
・小澤征爾は年長の楽団員を敬わない、生意気だ
・マスコミで取り上げられて得意になっているようだが、指揮の能力はまだ未熟だ
→フィリピンでの公演中にベートーヴェンのピアノ協奏曲で指揮のミスをしただろう
小澤征爾の言い分
・公演の中止を一方的に決めたのは契約不履行だ
・フィリピン公演中のミスは39度の高熱と首の肉離れのせいだったのに「未熟」と批判したことは名誉棄損だ
・N響の楽団員は生きるために音楽をやっているが、自分は音楽のために生きている、N響の音楽は古い
N響側は一方的に公演中止を決定しましたが、小澤氏は予定通り東京文化会館を訪れ、楽団員が一人もいない指揮台にポツンと立つ姿が報道されました。
この「一人ぼっちの指揮台」の写真は世間の同情を呼び、世論は次第に小澤氏を擁護する方向へと傾いていきました。
(この時の写真は「小澤征爾 一人ぼっちの指揮台 写真」で検索すると出てきますのでご参考に)
この事態を重く見た文化人たちが小澤氏を支持する声明を出しました。
作曲家の黛敏郎や評論家の吉田秀和らが中心となり、詩人の谷川俊太郎、作家の石原慎太郎や三島由紀夫も加わって、N響の対応を批判しました。
・黛敏郎(作曲家)
・「日本は新しい才能が出ると足を引っ張り、集団で叩くという悪癖がある」と指摘
・吉田秀和(評論家)
・「芸術は個人の創造行為であり、組織が集団で一人の才能を裁くことは間違っている」と訴え
・谷川俊太郎(詩人)
・N響の対応を「新しい才能を育てようとしない」「傲慢」と批判
・石原慎太郎(作家、元東京都知事、石原裕次郎の兄)
・「論理を武器に戦った小澤征爾は正しい」
・N響の対応を「こじゅうと根性」(陰湿でいじわるな精神)と形容
・三島由紀夫(作家、切腹した人)
・N響の対応を「芸術家に対する集団的な暴力」と表現
この後、小澤征爾とN響は形式上は和解はするんですが、小澤征爾はN響との活動はせずに海外に活動の拠点を移してしまいました。
そして「世界の小澤」と呼ばれるようになったんですね。
小澤征爾とN響、どっちが正しかったんでしょうね?


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