笑い話ですが、私は「神童」と言う言葉をキーシンによってはじめて知りました。
最初は「振動キーシン」勘違いして、どういう意味だろうと思っていました。(笑)
キーシンに「神童と言う言葉を理解させてくれてありがとう」と言いたいです。
正に神の童と言うべき経歴の持ち主で、彼は生後11ヶ月にして聞き覚えた曲を歌い始めたと言われています。
2歳2ヶ月で楽譜無しで耳で聞いただけの音楽をピアノで再現するようになりました。
10歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番でオーケストラと共演し、プロとしてのデビュー、翌年にはモスクワでソロ・リサイタルを成功させました。
12歳の時には、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団とショパンのピアノ協奏曲を演奏し、このライブ録音が世界中で大きな注目を集めました。
15歳で初来日を果たし、リサイタルを開催、日本でもその才能を披露しました。
通常、プロのピアニストになるには、登竜門となるような国際的なピアノコンクールなどで受賞歴を持つことにより、名前が売れてプロになる、と言うのが一般的なのです。
しかし、キーシンの場合、幼少期から才能が認められ、国際的なコンクールの受賞歴がないにもかかわらず、その卓越した演奏能力のみによって世界的なピアニストとしての地位を確立した、と言う類まれな経歴を持っています。
こんな天才的なピアニストですから、さぞかしすごい血筋とかの生まれでは?と思った人もいるかもしれないけど、意外にも父親はエンジニア、母親はピアノ教師でした。
旧ソ連時代と言うこともあり特別に裕福と言うことでもなかったようです。
では、母親からすばらしいピアノの手ほどきを受けたのだろうと思ったら、実はキーシンは母親からよりもむしろ音楽学校のアンナ・カントール先生から指導を受けたと言うことでした。
キーシン本人も「彼女は私のピアノの唯一の先生であり、私がピアノでできることはすべて彼女からの恩恵なのです」と語っているそうです。
旧ソ連は才能があれば英才教育をするシステムがあるので、きっと環境が良かったのだと思います。


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