ショパンがリストに「ガチギレ」する話

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 フレデリック・ショパンの生年月日が1810年3月1日、フランツ・リストの生年月日は1811年10月22日と言うことで、リストの方が1つ年若いですがほぼ同い年、両者とも有名な作曲家・ピアニストで
お互いの才能を認めあうライバルであり、親友でもありました。

 その二人の親密さを表す事実の一つとして、ショパンは自分の家の鍵をリストに渡していたことが
あげられます。
 私は単なる自分の友人に家の鍵は渡さないです。皆さんもそうでしょ?
 この事実からいってかなりの親密さだったことがうかがえます。

 しかし、これが悲劇を生むんですよね。

 ある日、リストがショパンの家に合いカギを使って入り、暗闇の中でショパンのマネをして演奏するんです。
 理由は当時リストの愛人であったマリー・ダグー伯爵夫人にカッコイイところを見せたかったからです。
 そしてリストは、「ジャジャーン、ピアノを弾いていたのはショパンじゃなくてリストでした!」
ってやるんですよ。
 男なら気に入っている女性の前でカッコつけたい気持ちはわかります。

 しかし、この話を後で知ったショパンは「ガチギレ」します。

 まず、リストは鍵を預かっていたとは言え、事前にショパンに入室の許可をもらっていなかった。
 そして気に入った女性の気を引くためと言うプライベートな理由で、自分の部屋を、自分のピアノを勝手に使われた。

 ショパンは「ピアノの詩人」というぐらいでとても繊細な心の持ち主だったので、リストの行為は
プライバシーの侵害以外の何物でもなく耐えられなかった。
 またリストの強すぎる自己顕示欲の強さにも嫌悪の情を持ったと思います。

 そう言うこともあって、ショパンはリストと疎遠になっていくのです。

 しかし、リストはショパンの死後、あの有名な「愛の夢」を作曲するのですが、この曲はリストの
ショパンに対するオマージュであったと言われています。

 絶交してしまったが、尊敬・敬愛するかつての親友を思いながら作曲した「愛の夢」。
 リストも少しは反省したのかも、そう思わせるエピソードですね。

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